緑内障と視力

まず、緑内障における視神経の障害の受け方を理解していただきたいと思います。
網膜はカメラでいうとフィルムに相当するところですが、網膜の中の神経は約100万本あり、これらが束になって直径約2mmの一本の視神経になって脳へと繋がっています。眼圧の上昇によってこの網膜の中を走っている神経が障害を受け脱落消失していきます。
そして、周辺を走っている神経が先に障害を受け、最も重要な物を見るのに必要な中心を走る神経は最後に障害を受けます。
これは、できるだけ大事な中心の視力を最後までとっておき、失明から守ろうとする自然の法則かもしれません。しかし、これが原因で発見が遅れてしまうこともあるのです。

緑内障と白内障の同時手術は可能か?

同時手術は可能です。緑内障の患者さんが白内障の手術を受ける場合、術後の炎症や眼圧上昇は正常の方にはそれほど問題ありませんが、元々緑内障がありますと、少しの眼圧上昇でも大きく影響します。
このようなことが予測できる時には同時に緑内障の手術も併用します。
緑内障の手術を受ける必要があるが、もともと白内障があり、別に手術をすると緑内障手術の結果に悪影響が予測できる時にも同時手術を行います。

緑内障は手術できるか?

手術できます。注意していただきたいのは、緑内障の手術をしてからしばらくして視力が急に低下してくる場合があるということです。このような時、ほとんどは網膜の神経がほとんど消失してしまった状態で手術を受けたと考えられます。
緑内障が怖いのは、視神経の大部分がなくなっていても、それは周辺を見るための神経であって、眼の中心に存在している、視力に直接関係している神経は最後まで温存されるということです。
この最後に残った神経は、完全には正常ではなく、少しの環境変化にも敏感に影響を受け、急速に消失しやすいものなのです。余裕のある健康な神経ではなく、疲労で衰弱しきった病的な神経が一生懸命働いて、かろうじて視力を保っていたのです。このような状態で手術をした場合、手術の結果にかかわらず残った神経が消失してしまう可能性があります。
手術をしなくても視力が消失してしまう危険性は高いわけですから、このような患者さんに対して緑内障の手術をするかしないかの判断は非常に難しく、手術をした場合に起こりうる事と、手術をしなかった時に起こりうる事について十分に話をお聞きになった上で決定されるべきです。

緑内障術後の視力

手術の方法により若干説明が違ってきます。
眼球内の水の排出口を中から切開する方法がありますが、この場合ですと切開直後から眼球の中に出血が多少なりとも起こります。この方法の手術では眼球内への出血が効果的な手術が行われたかを判断するひとつの根拠になっています。これは、視力低下は一時的なものですので、出血が吸収すると視力は回復してきます。大体、2週間くらいで吸収します。
もう1つの手術方法は、眼球の中の水の排出口を切除し、水を完全に眼球の外へ導くものですが、この場合ですと、術後に眼圧がかえって下がり過ぎてしまうことがあります。眼圧があまりに下がりすぎてしまうと、眼球の壁を構成している角膜や網膜に皺が発生し視力が低下してしまいます。この場合、眼圧低下の程度にもよりますが、視力低下が数日続けば眼圧を適当に上げる処置を行ったり、薬物を使用しますが、多くは自然に回復します。
このように、緑内障手術では一時的に視力が低下したり変動したりすることが少なくありません。

子どもの緑内障

ご自分のお子様に緑内障の疑いがあると言われただけでも大変ショックなことだと思います。緑内障は大人の病気と思っておられる方が多いと思いますが、先天緑内障というものがあります。
生まれた時から既に緑内障になっている場合と、発育に従って緑内障を発症する場合があります。
小さなお子様の緑内障の検査は非常に困難になります。
検査内容は大人と全く同じですが、その中心となる検査は、視神経の精密検査と、排出口の検査の結果から判断して、検査と同時に緑内障手術を行うこともあります。乳幼児の場合は、全身麻酔下での検査となりますので、麻酔科のある施設が必要です。

急性緑内障とレーザー治療

急性に起こる緑内障があります。
同じ緑内障でも、慢性に経過するものとは全く違うメカニズムで起こります。
このタイプでの緑内障は急激に起こり、眼圧も60や70(正常が15くらい)になることがあります。同時に視力は急激に低下し、眼の強い痛みや激しい吐き気が起こり、放置すると短期間で視力が消失してしまいます。
ですから、緊急の処置や手術が必要になります。
しかし、このタイプは発作が起こる前にある程度予測することが可能で、予防する方法があります。
それが、レーザーです。外来で簡単にできますし、合併症といったものもほとんどありません。
一度発作が起こってからでは処置が大変難しくなりますので、このタイプの緑内障で発作の危険性があるなら、症状のないうちに施行するのは意味のあることです。

緑内障と遺伝

自分の病気だけではなくご家族のことも心配なのは当然です。特にお子様をお持ちの方はなおさらと思います。
ここで緑内障と遺伝を考える前に、憂慮する事柄があります。緑内障とは単一な病気ではなく、様々な原因で起こる病気の集まりを言います。
ですから、緑内障の原因となる病気があるような時には、緑内障としての遺伝はあまり問題ではなく、その原因となった病気が遺伝するかどうかということに依存していきます。
緑内障と遺伝とを考えさせるいくつかの証拠があります。
1つは、家族的に緑内障の方がいる家系がある事です。特に、親子3代まで確認されれば遺伝が濃厚となってきます。
2つ目は、緑内障はいくつかのタイプに区分されますが、その区分の割合が国によって違うので、民族学的な遺伝があるということです。

最近の緑内障の遺伝の研究は著しく進歩し、かなりのところまで解明されました。この中で期待できるのは緑内障遺伝子診断ですが、診断を依頼する前にいろいろな問題があることを知る事が大切です。代表的な問題を列記します。

  • たとえ遺伝子を持っていても、発症するとは限らない。
  • 緑内障には色々なタイプがあり、すべての緑内障には当てはまらない。
  • 親子であるかの診断も同時にわかってしまうために、必ず患者さんの同意が必要。
  • 遺伝形式が多様化している。
  • まだ治療にはいたらない。

現在のところ、緑内障すなわち遺伝病という考えは正しい表現ではありません。中には遺伝を強く疑う家系があると考えた方がよいでしょう。多くの症例では単発的に発生しています。
ここで重要なことは、“多くの緑内障は末期まで症状がない”ので、もし家族で緑内障の方が見つかったら、遺伝を心配するより、これをよい機会と考え、家族全員が緑内障の検査を受けられ、緑内障の早期発見に努めることです。

視力は変わる?

外来で診ていますと、視力検査の結果が前回より悪くなっているために患者さんが心配になることが少なくありません。
視力検査の原理を説明しますと、明らかにわかるような大きな指標を提示して、次第に小さな指標に変えていきます。ということはある程度以上の小さな指標になりますと、わからなくなってしまいますね。この明らかにわかる指標とまったく判断ができない指標との境界を求めることが視力検査なのです。ですから、境界近くになりますと、見えたり見えなかったりするはずです。視力検査では5個の同じ大きさの指標を提示するのですが、5個のうち3個の指標が見えて正解であれば、その指標はパスしたとされます。逆に5個の中の2個以下しかわからなかった場合は不正解とし、その大きさの指標は見えなかったとされます。この時、指標を小さくしていき、5個の中の3個以上見えたところの指標サイズがあなたの視力になるのです。
ようするにこの5個の中の3個見える境界は、確率で示されますので、毎回絶対的なものではなく、測定のたびに変動するのが普通なのです。
本当に病的に視力低下があれば問題ですが、疲労の影響や検査の不慣れなどが原因となっていることがけっこうありますので、すぐに不安にならず担当の眼科医の判断を待ちましょう。

視野の結果は変動する?

本文でも述べましたが、視野検査の結果は疲労や検査の不慣れにより、けっこう変動します。言い換えれば100回の視野検査でも100通りの結果で出るということです。緑内障の進行の判定や進行速度の判定にはこの視野検査が不可欠ですが、測定するたびに、結果の変動に一喜一憂しないようにしてください。複数の視野検査の結果を使って、統計学的な方法により、総合的に眼科医が判断するものなのです。

一日の中の眼圧の変動の実際

現在、患者さん自身で眼圧を測定できる簡単な機械がありますが、これを使って数日間、ご自宅で測定していただきました結果です。実際に記録していただいた表で、非常に見にくいので申し訳ありません。簡単に解説しますと、表の下半分にそれぞれの時刻に何をしたか、たとえば、風呂に入った、お酒を飲んだ、食事をした、運動をしたなどの項目の記載があります。表の上半部に測定した眼圧をグラフにして記録しています。グラフが2つあるのは両眼を測定したためです。ほぼ2日分の測定ですが、これによると、早朝が高く、日によってけっこう変動しているのがわかります。この変動のパターンは個人差があります。しかしながら、ここで使った自分で測定できる眼圧計は非常に使うのが難しく、残念ながら今では使われていません。

眼圧日内変動図.jpg

新しい緑内障点眼薬

現在では多くの点眼剤が使えるようになり、患者さんにとってはありがたいことになりました。しかし、全ての点眼剤を全部処方することは不可能です。
現実的には2ないし3種類ぐらいしか点眼はできません。
したがって、患者さんにどの点眼剤を使うかを今まで以上に慎重に考えなければならなくなりました。
また、新しい点眼剤は臨床治験では副作用はほとんど問題なかったとしても、治験の対象になった人は緑内障としては軽い状態で全身的には健康な人がほとんどです。実際に使われる場合の対象の人にはいろんな状態の人がいるので、副作用の発現には注意しなければなりません。
日本眼科学会や日本緑内障学会ではこれらの点眼剤の副作用に関する報告が多数出ています。
とにかく、担当の先生から十分に説明を受け、メリットとデメリットを知った上で使う姿勢が大切です。

手術を優先

英国の緑内障専門家の間で言われだしたことですが、緑内障を見つけたら、始めから手術を行うべきだとの意見があります。
理由は薬物治療を行い、レーザー治療を行ってから手術を行うと手術の成績が落ちるからだということです。
これは、長期にわたる薬物治療は手術後の傷の治りを早め、結果として緑内障の手術成績を落とすということから出てきた考えです。
確かに、私も若い患者さんに対して薬物があまり反応しなかったために早期に手術を施行し、現在でも全く薬物なしで良好な結果を得ているという経験があります。
ですから、私もこれには一応賛成ですが、手術には100%の安全はありませんし、緑内障手術の宿命ですが、一時的にしろ術後の視力が低下することもありますから、全ての患者さんに対して手術治療を優先することには反対です。

緑内障でない緑内障

これは緑内障と全く同じ所見(眼底と視野の変化)を示すが、緑内障ではない病気のことをいいます。
脳の下垂体近くにできた腫瘍や、過去に頭に放射線を浴びる機会があったとか、出産時に大量の出血があったという方の中で緑内障と同じ所見を呈することがあります。
私たちはこれを緑内障ではないということで、“偽緑内障”と呼んで真の緑内障と区別しています。
緑内障が疑われてCTやMRIで頭の断層撮影をとる理由はここにあります。
これを治療する場合は元の病気に対して行われます。ですから、緑内障としての治療は原則的には行いません。

眼圧の正常な緑内障

これまで緑内障について説明してきました。なぜ緑内障になるのかというと、それは眼球の中の圧力(眼圧)が高くなって、眼球内の重要な組織が障害を受けるということでした。
しかし、話が混乱するので説明を避けてきましたが、もう1つの機序があります。
眼圧が正常であるにもかかわらず、眼圧が高くなる緑内障と同じような障害を示すグループがあります。
歴史的にはかなり前から報告はあったのですが、意外にその数が多いことがわかりました。1988年に実施された日本における緑内障に関する疫学調査の結果は世界で緑内障に対する考えに強い影響を及ぼすことになったのです。
その調査結果は40歳以上の人100人の中で緑内障は3.6人、そのうち眼圧の高くなるタイプは0.58人で、眼圧の正常な緑内障は2.04人でした。
2002年には岐阜県の多治見市で同じ様な緑内障疫学調査が行われ、この結果では正常眼圧の緑内障の人が100人に対し6人くらいいることが判明しました。眼圧の正常なタイプは従来から言われてきたタイプの約3倍以上いることになります。
緑内障の治療の根本は眼球の圧力を下げることですが、元々その圧力が低いため今までの治療に対する考え方では不十分であることがわかったのです。
そこで、眼圧を下げる方法、視神経の血流を改善する方法、視神経を障害から保護する方法の3段構えで治療にあたります。
しかし、この3つの治療の中で、眼圧下降法しか臨床的に効果のあることが確認されていません。